花の持つ深い母性愛から学ぶ
花がら(咲き終えた花の部分)を摘めば摘むほど花数を増す一年草の元気なパンジー。
切り戻し(伸びようとする茎や枝を切り落とす)を、すればするほど枝葉を出し花数を増やす、やはり一年草の花びら揺れるペチュニア。
どの花も命がけで、咲こうとするこの強さを持っているのは、なぜでしょう。
それは、彼女達の重要な使命である子孫繁栄とも言える種の存続のためなのです。何万年も昔から繰り返されてきた植物達の普遍の使命です。
ですから、人手によって花を摘まれてしまったのでは、実を結んで次世代への命を伝えられなくなります。このリレーという使命が果たせなくなってしまうからなのですね。
ですから、実を結べないままだと、季節が終わりかけて自分が枯れそうでも、次の花を咲かせて種子を作ろうと必死なのです。それが、草花として存在するようになった花達の「使命」なのね。
実を結び、その種によって、次世代のいわば自分の子供が立派な花を咲くようにしたいのです。それで、粘り強くこれでもか、これでもか、と真剣な命がけなのです。
彼女達は、幸いにも・・・実を結べたとしても、まだ安心しません。その後のさらに大切な偉業が残っています。
それは、可能な限りより広げられた地域や優れた土壌に確実に種子が着地して、次世代が命を継承させることなのです。
自らに考案したのではないにせよ、彼女達の種子は、あるものは大変軽いので、風に運ばれやすいようになっています。また、タンポポの種のように、パラシュート付きだったりもしますね。
興味深いものには、小さい種ながら何かに触れた途端に、ポーン!と音を立ててはじける種もあります。
中には、人間の服や動物に付いて運ばれるように、何とマジックテープ付きだったするのもあることには驚きですね。
花達にとってはそれ程までに大切な種子、いわば子供たちなのです。
このことを植物界から霊長界の人間に置き換えて考えますと、この場合の花の持つ深い気持は、一体何でしょうか?
それは、「母性愛」に例えることが出来るのではありませんか?
そして、彼女達の「母性愛」から多くの益を享受しているのは誰でしょうか?
地上の生きとし生ける全てのものが救われています。くわえて、花の命のバトンタッチ、つまり子孫繁栄の使命があるので、この地球上は花によって美しく飾られてもいるのですね。
では、私たち人間界での「母性愛」は如何でしょうか?自分を後にして犠牲になってでも守ろうとする誰かがいらっしゃいますか?もし、居られるならば、それは本人にとって喜びになるのですから素晴らしいことですね。そう、喜びと幸福へ向うのです。それなら、なんとかして植物に勝りたいものです。
花から学んでいるこの場合は「母性愛」だからと言って、子供を持つ母親だけに限りません。自分より年下の人たちやペットにさえも・・・このような愛を持てたら、どんなにか世界は美しくなることでしょう。実際、神様は人間に対して深い母性愛のような感情をお持ちだ、と聖書に書いてあるそうです。
さて、この母性愛がひとりひとりの人間にあれば命の継承を重んじる訳ですから、地上には醜い戦争も、犯罪もなくなるでしょう。豊かな国は貧しい国々を哀れに思い、命を救うために物資を過不足なく送るでしょうね。何とか工夫をして命を救い出そうとするでしょうし、まして、殺人行為などもってのほかになるでしょう。
母親である女性は我が子を慈しみ育て、大人は自分の子供ではなくとも子供達の世話をし、飼い主ならばペットを飽きて捨てることもなくなりますね。
命の継承のために、お互いがお互いの「命」を尊重しあうでしょう。そんな人類で満ちる世界こそ、本当の意味で美しいのではないでしょうか?
日本においては、国の未来を慮って小さな子供達を、皆が皆、大事に育てて国を担ってもらおうとするかもしれませんね。そんな「命のリレー」のバトンタッチが、今こそ求められる時代に来たのかもしれません。
花のように、命を次世代へ繋ごうとするために必要な「母性愛」を持つことは、家族単位の問題ではなくなりつつありますね。国全体の問題、延いては地球全体の課題かもしれません。
では、足元で揺れる小さな草花から、実に大きな課題を学ばされました。
これからは、花や木や草を一瞬でも眺めたとき、私たちは美しい人生を送るために・・・こんな深い「母性愛」を抱くことを自分の中に思い起こしてみませんか?
あなたのすぐ傍らで可愛い花が、何かを告げています。
ざわめきの止まない心を、そっと鎮めて・・・心の耳を傾けてみませんか!
彼女達が人々へ伝えたいと願っている温かく優しい言葉を聴きましょう!
煌く予感が溢れる今日と言う毎日を、日々年々重ねるために、必要な実際的な知恵の力を注ぎ込んでくれるかもしれません。 by 徳川悠未
I'll give you flower's message.